明けましておめでとうございます!コロナ禍の1年を経て、子どもたちの未来に思いを馳せる

オフ日記
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明けましておめでとうございます!

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

昨年の元旦前後のブログを読み返していたら、コロナな未来なんて想像もできていなくて、ちょっと懐かしいような複雑な気持ちでした。

今年は私たちの知っている、子どもの頃から経験していた『いつもの日常』に、戻って来て欲しいと思っています。

でも、もしかしたら。

 

その考え方を、修正しなければいけないのかも?

私たち大人の知っている日常とは違う日常を、子どもたちはこれから進むのが、当たり前なのかも知れません。

 

『現状を分析してベストを尽くすこと』

『困難からアイディアを生み出し、別のベクトルにアップグレードすること』

 

これからの子どもたち、私たちには、必要な力でしょう(^^

 

休校1つとっても、「お休みだー」とのんびり再開を待つ人。

「今できることは何だろう?」と考えて、普段の学校生活よりも、趣味や家族の時間を充実させた人。

どうしても思い出すのが、東日本大震災。

津波、原発など、瞬時に判断が求められる場面に遭遇したとき、我が子にはベストな判断をして、少しでも安全に過ごして欲しい、と思いました。

これからもきっと、沢山の災害や、困難な状況は出てきます。

 

じゃあ、どういう風に育てれば良いの?

 

昨夜、子どもたちと紅白歌合戦をのんびり眺めていた中で、そんなことを考えていました。

紅白見ていると、たくさんの人たちがたくさんの楽しい演出をしていたり、コロナの中でのそれぞれの仕事について語っている姿を見ると、いろんな職業について思いをめぐらせました。

 

「子どもたちには、目の前の風景を消費する人ではなく、創る人になって欲しい」

いつも思っていることです(^^

別に芸術家になるわけじゃありません。

どんな職種でも、「言われたからやる」んじゃなくて、その仕事の中に自分の楽しみや目標があり、自分で楽しんで仕事に携わって欲しい。

仕事の時間が、生活のための我慢大会にならずに、自分が楽しみを持って積極的にかかわれれば、クリエイト(創造)です。

 

子どもたちの将来、AIに使われる人と、AIを使う人の別れ道は、日常のちょっとした判断の積み重ね。

子どもたちには、

生活のちょっとした場面で、立ち止まって考えて欲しいし、

私たち大人は、

子どもが立ち止まる時間を、じっくり共に待てるように、余裕を持ちたい、

と思いました(^^

 

ちょっと真面目に語ったので、最後に本日の次女さん語録。

「1年のしょけいは、元旦にあり!やで!」

と言いながら、元旦の朝から学校の漢字ノートを頑張ってました。

1年の処刑…(ノД`)・゜・。

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