今月の初めに、知り合いの塾の先生の授業動画を拝見しました。
教科ではなく、映画を見て感想を言い合ったり、背景を考えて知識を深める、「味わう」授業です。
その中で「幸せ」とはどういうことか、という問いかけがあり、「自分が納得すること」であるというお話がありました。
これを見て、確かに!素晴らしい言語化!と感銘を受け、中学生クラスでお話しています。
人は自分で納得がいかないとき、理不尽さを感じるときに、大きなストレスを感じますよね。
特に中学生さんは不満に思うことがいっぱい?!
だからこそ、自分自身と「納得しているのかな?」と対話する時間は、持ってみてねとお話しています。
(とは言え、いろんなストレスと「折り合い」をつける練習も、10代に必要なことだとも思います)
昨日はテスト勉強をしていている中で、「自分の勉強に納得してる?」と声をかけています。
自分でこれくらいの成績で!と、納得した上で、ワークをあまりしてなかったり、答えを赤で書いて終わらせてるなら良いのですが…。
「成績を上げたい」って言いながら、やることやってないのは納得できるのかな?!と。
また、勉強することに納得しておらず、ただ言われたことをこなしているだけだと、量をやっても成績は上がりません(^^;
「先生は『こういうやり方でしようね』と言ってるのに、わかっててやってないよね?」
「二学期になって『内申点が足りないのは先生がもっと強制的に勉強させなかったせいだ!』なんて、怒んない?」
「進学先を自分でも考えて勉強してよ~!高校生になって『お母さんに言われたこの学校を選ばなきゃよかった!』なんてキレんといてよ~」
自分で考えたり、納得していないと、他責が生まれます。
他責が生まれると、自分では変えられないので、つらい気持ちも増幅されます。
特に今、成績が伸び悩んでいる方も多いので、少しハードルを上げました。
以前は、塾では塾ワークのみ、学校ワークはNGでした。
だって、学校ワークは学校の全員がするものなのに、お月謝をいただいている授業時間にやるのは変だと思うからです。
でも、理社は特に、学校ワークのやり方を整える必要性も感じたので、ワークをやる時間を持てるようにしました。
ところが、そうすると「塾でワークをやるから家でしない」人が生まれます。
家で勉強しないで、成績が上がることはありません。
何だか本末転倒な状態なので、今回は2年生以上はなるべく「塾でやるのはワークのコピー」としました。
何名かは「ワークまだ終わってないんですけど…」と不満の声(^^;
終わってなくても、家でも学校でもできるから、塾では家ではやりにくいことやろうねと、コピーを進めてもらいました。
納得できたかな~(-_-;)
何名かは、ワークが未着手でもコピーから手にとって、一巡目をコピー、二巡目をワークで頑張っています。
「ワークからやると、終わったら安心してコピーまでやらへんと思う」との判断。
昨日も、家学でやった理科の再テストを自分で進めたり、自分へのハードルを上げてきています。
これはしっかりと納得している様子!
もしかしたら、今はまだ、勉強を通して伝えていることの、半分も伝わっていないこともあるかも知れません。
それでも、高校生になったとき、その先の人生で、「こういうことかー」と気づいてもらえたら、気づかなくても役に立ててたら、という思いでお伝えしています。
最近、長女さんが20歳を目前にして、小中学生の頃の塾の指導を「あれは良かった」なんて言うようになってくれたので、先はもう少し遠そうですが(^^;



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